歴史読本 知っておきたい幕末史の新・視点 龍馬は客分の”福井藩士”だった
歴史読本 知っておきたい幕末史の新・視点
龍馬は客分の”福井藩士”だった。
土佐を脱し、活動を開始した龍馬。賢侯・松平嶽堂を頼り、勝海舟の既知を得る。
角鹿尚数 つのか・まさがづ 福井市郷土歴史博物館主任学芸員
# 勝との出会い
# 嶽堂の推挙
# 勤王の志
# 越前の客分
# 福井に始まり、福井に終わる
参考 大洲藩の第11代藩主加藤秦幹の娘、千賀子が長州の長府藩13代藩主毛利元周の正室として嫁いでいた。此の事が大洲藩の動きや、ひいては龍馬が大洲藩を通り脱藩した事実に何らかの影響を与えているかも知れぬ。また、坂本龍馬と和歌山藩が関係した、いろは丸は実は大洲藩の所有で、ポルトガルではなくスペインから、当時の金で僅か1万両余で購入したいた事実が加藤家に残されていた契約書で昨年の12月に判明した。
龍馬を巡る謂わいる伝説が歴史的証拠により、幾分書きかえられる可能性が出出来たと思う。 6月5日 愛媛県生涯学習センター 歴史講座
~維新の鍵~ 小藩の名君と坂本龍馬 河野達郎講師による
あらから百四十二年。歴史のうねりは「いろは丸」を龍馬を飲み込んだ・・・
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