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2010年11月30日 (火)

特別企画 安保と青春 されどわれらが1960年 東原吉伸 真相「全学連に右翼から資金提供」説

文藝春秋 12月号 特別企画 安保と青春 されどわれらが1960年

東原吉伸 とうはら・よしのぶ 元全学連財政部長

真相「全学連に右翼から信金提供」説

安保騒動終息後、TBSラジオが放送した「ゆがんだ青春=全学連闘士のその後」は大きな話題を呼んだ。全学連の学生が大物右翼の田中清玄から資金提供を受けていたーーーというスキキャンダラスな内容だったからだ。当事者である東原吉伸(元全学連財政部長)があらためて真相を告白する。

私と清玄さんが始めて合ったのは1960年の1月のことだ。1月16日、岸首相の訪米を阻止しようとした羽田事件で、私が属していたブントから、唐牛健太郎(かろうじ・けんたたろう 故人)や、西部氏(現・評論家)など幹部に大量の逮捕者が出て、彼等の保釈金が必要となった。たまたまシャバ、に残された私は金策にやむなく奔走しなければならなくなった。
発売さらたばかりの「文藝春秋」に田中清玄が全学連に好意的な文章を書いているという。金の出所について選り好みできる状況ではないので、日比谷の東会館へ合いに行ってみると、本当に目をつけてくれたのである。
しかし、先日、西部氏と合ったら、あのあと保釈されず、あの春に暴れなかったら、俺の人生も少なかれ、かなり違った気がするといわれたのは、皮肉なものだ。

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2010年11月29日 (月)

特別企画 安保と青春 されどわれらが1960年 佐藤安大 タカラ創業者

文藝春秋 12月号 特別企画 青春と安保 されどわれらが1960年

佐藤安太 さとう・やすた タカラ創業者

ダッコちゃんブーム やくざに「売れ」とすごまれて

クリクリとむけた真っ赤なクチビル。腕に抱きつくビニール人形が”ダッコ”ちゃん。この年、二百四十万個が売れる大ヒットとなり、「ダッコちゃんブーム」は社会現象になった。開発者でその後、玩具メーカー・タカラ(現タカラメート)の創業者となった佐藤安太氏(86歳)が語るブームの裏側。

ダッコちゃんブームは私にとって”真夏の夜の夢”のようなものでした。一年後には完全に過去のものとして、ブームは跡形もなく消滅し、唯一人としてダッコちゃんに振り向く者はなくなってしまったのですから。

「誰かにダッコされたい、されてもらいた」なんていう、60年の空気のなか、あの「真夏の夜の夢」を生んだのかもしれません。

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2010年11月28日 (日)

特別企画 安保と青春 されどわれらが1960年 小林信彦 首相官邸に潜入した安保自然成立の夜

文藝春秋 12月号 特別企画 安保と青春 されどわれらが1960年

小林信彦 こばやし・のぶひこ

首相官邸に進入した安保自然成立の夜

当時の「ヒッチコック・コワジン」の編集長で作家の小林信彦が目撃した
「新安保条約自然成立」の夜
毎日世界ニュースの腕章を借りて、新理研の人人とともに首相官邸に入る。岸信介はここにいるというのだが、腕章一つで自由に出入り出来るというのが奇妙である。
武装した赤いヘルメットをかぶった警察隊と、暴力団らしい男たちの数におどろく。
「デモ隊」挑発役の右翼とポリが打ち合わせをしている。
「門の内側の装甲車の上の奴らはみんな挑発役しない奴」
おれたちここで話合っていると、警官の親玉格の人物が
「官邸焼き討ち計画は本当でしょうか」と私に尋ねてくる。
私に訊くというのがおかしい。むこうはむこうで戦々恐々なのだ。

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2010年11月27日 (土)

特別企画 安保と青春 されとわれらが1960年

文藝春秋 12月号 特別企画 安保と青春

されどわれらが1960年

橋幸夫 はし・ゆきお 歌手

「潮来笠」いい17歳を悪い17歳
「潮来笠」で鮮烈にデビューした橋幸夫さん。フランク永井・マヒマスターズそてまで30歳前後の歌手が中心だった歌謡界に突如現れた17歳はあっという間に人気をさらう。

高校生だった僕も、日々のニュースで「日米安保」という言葉は耳にしていましが、デモ隊を見るのは始めて。「これからの日本はどうなるんだろう」という思いがうまれたことを覚えています。
当時の日本の歌謡界は、まさに絶頂期を迎えていました。ビクター、コロンビヤ、東芝、キングなどのレコー会社が作詞家、作曲家から歌手、バンドまで専属で抱え、多くのスター歌手たちが、日本中を巡業して1日に何回も、僕もステージに上がっていました。

その日は僕のマネージャー代わりだった姉と相談して、初のテレビ出演に何か派手なものををと白いパンツと赤いブレザーを着ていたのですが、17歳の新人に。大先輩のフランクさんの「17が若いな、今日はなんだブレザーが赤いな」。この言葉はきつかった。

そんな時に浅沼稲次郎に刺殺事件が起きて、犯人の山口二矢も僕も、奇しくも同じ17歳。「いい17歳、悪い17歳」という見出しで。週刊誌に一緒に取り上げられたこともあり、強く印象に残っています。

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2010年11月26日 (金)

特別企画 安保と青春 されどわれらが1960年 西田佐知子 挫折とともに売れた「アカシアの雨がやむとき」

文藝春秋 12月号 特別企画 安保と青春 されどわれらが1960年

西田佐知子 にしだ・さちこ 歌手

挫折とともに売れた「アカシアの雨がやむとき」

アカシアの雨にうたれて/このまま死んでしまいたい/夜が明ける/日がのぼる/朝の光のその中で/冷たくなった私を見つけて/あの人は涙をながしてくれるでしょうか

安保闘争とセットで思いだされる「アカシアの雨がやむとき」
西田佐知子さんに話を聞いた

この曲は1960年4月に発売されました。ですが、人人が口ずさむような流行歌になったのは、発売から1~2年経ってからのことです。安保闘争のほとぼりから醒めた、沈んだ気分や、やりどこのない怒りが歌のイメージと重なったのでしょう。

作詞家の水本かおるさんに話を伺うと、この詩は「巴里に死す」(芹沢光治著)をモチーフに書かかれたと。”パリ”と聞いた瞬間に、ぱぁーと空が高く広がった気がして、ベンチで泣きながら座っている女性が、ぼっーと遠くに見えました。

樺美智子さんの事件や社会党の浅沼稲次郎氏の刺殺事件はしんこくなニュースとしてよく覚えています。

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2010年11月25日 (木)

特集 *特捜検察の犯罪 検察も国民もゲーム感覚 御厨貴

中央公論 2010 12 特集 *特捜検察の犯罪

検察も国民もゲーム感覚

御厨貴 みくりや・たかし 東京大学教授

ソフトな国家権力が社会を覆う

近年の日本政治で印象的なのは、検察や裁判所の存在感がきわめて大きくなってきたことだ。以下、最近の事例を列挙してみよう。

 2009年5月より刑事裁判に裁判員制度導入
 小沢一郎・民主党代表が自らの資金管理の政治資金規正法違反事  
 件で、東京第5検察審議会の起訴決議を受けた
 郵便料金の障害者割引制度が悪用さてた郵便不正事件で、村木厚子・
 元康生労働省局長が逮捕、起訴されたが、無罪判決が確定
 同事件をめぐり、大阪地検特捜部の前田恒彦・元主任検事による証拠品
 の改竄が明るみ出た
 尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件で、那覇地検が船長の釈放を「検察当
 局として決めた」

# ゲーム感覚と世代差

# 地域対立というもうひとつの軸

# 対小沢でもゲーム感覚

# 検察審議会の問題点

# 次のテーマは司法・検察

# ソフトで不気味な国家権力
   そこでは、あられもない国家が区民に前にすっくと立つ姿が思い
   浮かぶことになるのではなかろうか

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2010年11月24日 (水)

特集「尊厳」と「実り」ある最期に向けて 死ぬまでにやっておきたいこと 安らかな最期など絵空事そ知る 久坂部羊

中央公論 2010 12 特集「尊厳」と「実り」ある最期に向けて

死ぬまでにやっておきたいこと

安らかな最期など、絵空事と知る

日下部羊 くさかべ・よう 医師・作家

私は医師として、病院や在宅で多くの患者の死を看取ってきたが、満足して死んな人など見たことがない。
即死でないかぎり、死の直前には「死戦期」という時期があって、血圧が下がり、意識が混濁して、あごを突き出す「下顎呼吸」がはじまる。その時間はだれしも「死」という人生最後の大仕事を完遂するために必死に喘ぐわけで、あれをやっておいてよかったとか、これをしたかったとか、考える余裕はまずない。

人生を振り返って満足を感じながら安らかに最期を迎えるなどということは
絵空事である。

在宅医療の経験から、高齢者は食欲がなくなり、水分も摂らなくなって乾いて死ぬのがいちばん楽そうだが、たいていは家族が点滴などを求めて、わざわざ苦しい時間を引き延ばす。

終末期医療に対する誤解、何もしないことへの後ろめたさな、このまま死なせていいのかという不安などからそうさせるのだが、死を妨害すれば本人は苦しむばかりだ。

悲観的なことばかり書いたが、そてくらいに思っておいたほうがいい。
そうすれば、少しは楽な死を迎えられるかもしれない。

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2010年11月23日 (火)

特集「尊厳」と「実り」ある最期に向けて かっての火葬と土葬えを取り戻す

中央公論 2010 12 特集「尊厳」と「実り」ある最期に向けて

死ぬまでにやっておきたいこと

かっての火葬と土葬をとりもどす

山折哲雄 やまおり・てつお 宗教学者

尊厳ある死に向きあうためには、たっての火葬と土葬をとりもどさなければ
ならない----そう思うようになりました。
これまでのように、火葬場で、石油をかけて焼くやり方をやめるということであります。

化石燃料による死体焼却の時代は、これまでせいぜい100年の歴史ぐらいのものでしかない。それにたいして土葬、火葬には500年、1000年の歴史がありました。それだけではありません。その長い風雪のなかで生み出されたかけがいのない堅固なモデルがあったのです。
それが「死生観」というモデルでした。
この言葉には二つの重要なことが含まれています。
第1は「死」が先頭におかれている、そして
第2に死と生が同等の比重でとらえられている、ということです。
土葬か火葬にしてもらってから土に返るーーー私は今、そのようにして死んでいくための準備に、これからの余生を使いたいと思っているのです。

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2010年11月22日 (月)

特集「尊厳」と「実り」ある最期に向けて 死ぬまでにやっておきたいこと

中央公論 2010 12 特集「尊厳」と「実り」ある最期に向けて

死ぬまでにやっておきたいこと

命の大切さを教えたい

日野原重明 ひのはら・しげあき 医師

2000年に私は新老人の会を発足させ、この会の事業として「いのちの授業」を45万回、主として10~12歳の小学生に行ってきた。新老人会のモットーは、
1.愛するkと
2.新しいことを創めること
3.耐えること
であり、子供に命の重要さを教え、いじめをなくしたい。人の命を大切にすることから、子供に平和教育運動を進めている。
つまり、私の最もしたいこと、生きている限りやりたいことは平和運動であり、10年後の安保締結60年こそ、沖縄の米軍基地を日本政府の経済負担で救済すべきだ。自衛隊は軍としての機能をなくし、外国に災害のある時にのみ出勤。日本を武器なしの平和国家として世界平和の先駆けにすることを私は命の許す限り目指していきたい。

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2010年11月21日 (日)

特集「尊厳」と「実り」ある最期に向けて 死ぬまでにやっておきたいこと 死ぬ気で北方領土問題の解決を 鳩山由紀夫

中央公論 2010 12 特集「尊厳」と「実り」ある最期に向けて

死ぬまでにやっておきたいこと

死ぬ気で北方領土問題に解決を

鳩も山由紀夫 はとやま・ゆきお 衆議院議員

四島一括返還を主張するだけでは、未来永劫一島も還ってこないことは、
自明の理である。

しかし、二島だけでは日本は決して満足しない。政治とはまさに、日々双方の国民にとって認めれる解決策を見出すことにある。

日本の存在がロシアの将来にとって死活的に必要であることを認識させることが、迂遠のようで、北方領土問題での解決に最も有用であると信じる。

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2010年11月20日 (土)

特集 「「尊厳」と「実り」ある最期に向けて 死ぬまでにやっておきたいこと 歴史の定説を書き換えたい 田原総一郎

中央公論 2010 12 特集「尊厳」と「実り」ある最期に向けて

死ぬまでにやっておきたいこと

歴史の定説を書き換えたい

田原総一郎 たはら・そういちろう ジャーナリスト

私が小学校5年生の夏休みに日本が敗け、5年生の1学期まで、担当教師も校長も「この戦争は正義の戦争だ」と力説していた。ところが、2学期になると「あの戦争は日本の侵略戦争だった。戦争をはじめた軍の幹部たちは犯罪者である」と同じ教師たちが強調したのである。

いまや、残る時間も多くはなくなった。ライフワークとして、数多くの矛盾と謎に思い切って挑戦し、定説となっている明治以来の日本の歴史を大きく書き
換える仕事をしたいと念じている。

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2010年11月19日 (金)

特集 「尊厳」と「実り」ある最期にむけて死ぬまでにやっておきたいこと 愛憎を捨てて 身軽になりたい 曽野綾子

中央公論 2010 12 特集 

「尊厳」と「実り」ある最期に向けて

愛憎を捨てて 身軽になりたい

曽根綾子 その・あやこ 作家

多分日本人と他の先進国人だけが
人間の死を「尊厳ある」形で迎えられ
ると思っているのではないかと思う。

もちろん誰もが人間らしく遇されて死
ぬことは理想だ。しかし、現在の世界
には尊厳ある生も死も、ごく稀だ。
私は自分だけが尊厳ある死を望んで
はいけないような気がしている。

ただ、死期を不当に延ばさないこと、
痛みを取ってもらえること、
最後に看観をしてくれた人に私が
「ありがとう」と囁けること
もの三つができれば望外の幸せだ
が、それができなくてもお許しを頂こ
うという気分である。

まず自分の老いが社会のお荷物に
ならないことそ目指している。

真っ先に捨てたいものは「思い出」
の品々、ついでに残りの愛憎も忘れ
て、身軽になりたい。

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2010年11月18日 (木)

NHK大河「龍馬伝」の虚偽を洗う 秦郁彦

新潮45 2010 11

NHK大河「龍馬伝」の虚実を洗う

秦郁彦 はら・いくひこ 歴史家

猛暑とともに龍馬熱は去りぬ
頻出する土下座シーン、仰天の奇想
支離滅裂な架空劇
歴史家も同じく観た

謎ないし盲点、もあるが未解明の
ままらしい

1.東奔西走し、地球を一周以上を
  訪問したとされる龍馬の旅費・滞在
  費を誰が出していたのいう疑問
2.龍馬の護衛役で槍術の達人と伝わる
  三吉新蔵が寺田屋で伏見奉行の
  捕り方達に襲撃された事件の真相

あちこちから出た苦情

(1)三菱OB

(2)土佐の郷士たち

(3)新撰組ファン

の集団がる。

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2010年11月17日 (水)

ハマコー逮捕は暴力団・政界ルート捜査の序章が 中要昭彦

新潮45 2010 11

ハマコー逮捕は暴力団・政界ルート捜査の序章か

中要昭彦 ジャナーリスト

「ハマコー事件」の周辺で、蠢いた政界・暴力団
関係者たち。
大きい構図を描いた捜査当局は本当のターゲット
に迫ったのか。

# 本命とは何か

# モンゴル投資に30億円超!

# 150億円動いたことが事件

# 元防衛大臣”側近”も事情聴取

# ”火薬庫”すなわち”宝の山”

# 希レアメタル産業の”陥窪”

# 星野仙一や寺尾聡も株購入

# 怪しげなサロン

# 巣窟は抉り出されるか

いまや被告人となった「政界の暴れん坊」
その周りでうごめいたK.そしてKにつらな
る人脈として登場し、上場企業から巨額の
地上げ資金を引ったことが明るみに出た
朝治。
日本相撲協会をめぐる一連の事件では
暴力団との露な関係にメスが入れられた
今は被告の身となった浜公元議員の事件
においても同様の多数の常連がいる。

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2010年11月16日 (火)

特集「私の生死観」 作品はどれも遺作である 横尾忠則

新潮45 2010 11 「私の生死観」

作品はどれもが遺作である。

横尾忠則 よこお・ただのり 芸術家

結局人間は生と死の円を観覧車のように
ぐるぐる回転しているだけないはだろうか。
何の為に生まれてきたのか?
人生の目的は?
芸術に「目的」などまったくないと思う。
だったら人生と一体化している芸術にも
目的とならないはずだ。
もしあるとしたら「たったいま生きている」
というその行為自体に目的があるとしか
いいようがない。
目的のない人生はそのまま遊びである。
遊びの世界を死の世界と見なしてしまい
えば、本物の死の世界ニスウーと入って
いけるのではないだろうか。
安心して死ぬためには、毎日の作品が
遺作であると思いながら描いていきたい
絵なんか描いてなんほののんじゃ。
タカが芸術であり、アートですから。

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2010年11月15日 (月)

特集「私の生死観」三無主義 一握りの散骨の流儀 山折哲雄

新潮45 2010 11 特集「私の生死観」

三無主義 一握りの散骨の流儀

山折哲雄 国際日本文化研究センター名誉教授
       宗教学者

一年前にすでに死亡していた事が最近になって
判明した。氏は先年、死んだときは葬式はしない
墓はいらない。遺骨も残さないという三無主義を
唱えていた。

 色は匂へど 散りぬるを
 我が世誰ぞ 常ならぬ
 有為の奥山 今日超えて
 浅き夢見し 恵笑もせず

どの様に戦後の我々がたどってきたか。
葬送、告別、遺体処理のプロセスを追って
ゆくとき、それと重なるように大きく眼前に
みえてくるのが、あっというまに人生80年
という、高齢化社会を迎えたというのも
あわれな現象である。
地獄に行ってから、あらためて死の作法を
ほりかえすしかないのかもしれない。

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2010年11月14日 (日)

特集|私の生死観」 「血」の恐ろしさ 辻村寿三朗

新潮45 2010 11 特集「私の生死観」

「血」の恐ろしさ 辻村寿三朗 人形作家

# 人間という不可思義なもの

# 感謝するのみ

# 常に「生」と「死」が際り合っている人生
  そういう目に遭ううちに、私の生死観が
  形成されていったのである。

# 「血」の濃さと「情」の深さを確かめ合った
  人のも既に鬼籍に入っている。私を育てて
  くれた辻村の養母もこの世にいない。

# 人の生き死には自分では選べないい。
  私も今年77歳、喜寿を迎えることとなった。
  いつ迎えが来てもおかしくはいが、死に
  対す恐怖感はない。

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2010年11月13日 (土)

特集「私の生死観」 安楽に生き、安楽に死にたい 天野祐吉

新潮45 2010 11 特集「私の生死観」

安楽に生き、安楽に死にたい。

天野祐吉 コラムニスト

「安楽に死にたい」の松田道雄さんの本

は面白かった。

僕自身は格別の生死観もないし、宗教心

もないが、安楽に死ねないと思うと、安

楽に生きてもいられない。

それは困る。

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2010年11月12日 (金)

特集「私の生死観」 理想の死 角川春樹

新潮45 2010 11 特集

「私の生死観」 理想の死

角川春樹 角川春樹事務所会長
       俳人

生きること死ぬこと「いのち」明易し
             角川春樹
健吉忌花の匂いの湯を飲めり
             角川春樹

ゆく春の近江を恋ゆる森澄雄
             角川春樹
春の淡海(おうみ)大きく明るい詩を欲れり
             同
ゆく春のひと日ひと日を惜しみけり
             同

4月19日、私は大島生協病院に森澄雄
さんのお見舞いに覗った。その時、私は
「ゆく春の近江を恋ふる森澄雄」の句を
色紙に書いて病室のお届けした。

森澄雄さんは「石田波郷詩」の中に
仏教は僕達に人生の無常迅速を教え
僕等は如何にもそうだという風に観念
する。だが、仏教の、或いは僕等の
観念する無常迅速より、本当にやって
来る人生の無常迅速はいつも少しばか
り、無常迅速なのだ。

花はみないのちの糧となりにけ 森アキ子
年ゆくや天につながるいのちの緒 角川春樹
白鳥の妻に呼ばれし森澄雄 角川春樹
さるすべり美しかりし与謝郡(よさごおり)
               森澄雄

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2010年11月11日 (木)

菅・仙谷 現事項 小沢のカードは「大島」 赤坂太郎

文藝春秋 十一月号 

菅・仙谷 現事件 小沢のカードは「大島」

 露骨は人事で小沢を排除した菅・仙谷
 へのリベンジが「ねじれ国会」で始まる

赤坂太郎

# リベンジを誓った「負け組達」
   人事は仙谷が全権を掌握
   小沢側では「仙谷の公私混同人事も}

# 「ねじれ国会」のねじれ構図
    仙谷・谷垣VS小沢・大島という
   ねじれた構図である

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2010年11月10日 (水)

菅直人だから中国がつけあがる 徳岡孝美

文藝春秋 十一月号 

菅直人だから中国がつけあがる

福岡孝美 ふくおか・たかみ
ジャーナリスト

尖閣問題は腰砕け!このままでは、日本は
中国の「自治区」になる

# 菅は「臥薪嘗胆」という

# 菅も小沢も「夢に出る」だって

# マニュフェストは神なのか

# 「潔白」の定義を知らない小沢

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2010年11月 9日 (火)

尖閣事変動炎「自在自衛」の戦いが始まる 山田吉彦

文藝春秋 十一月号

尖閣事変動炎「自在自衛」の戦いが始まる

山田吉彦 東海大学海洋学部教授

# ビデオカメラを構えた「漁師」

# 尖閣は百年前から日本の領土

# 中国も日本領と認める

# 機銃で威嚇する漁業監視艦

# 中国の拡張政策に対抗せよ

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2010年11月 8日 (月)

小沢一郎あんたの時代は終わった 鼎談 渡辺恒三・石井一・藤井裕久

文藝春秋 十一月号

小沢一郎あんたの時代は終わった

鼎談 渡辺恒三 党最高顧問
    石井一   党副代表
    藤井裕久 元財務相

# 小沢総理ならネバー・リターン

# 小沢君が怒鳴り込んで来た

# 菅総理に無い王者の貫禄

# 政治主導は人柄から

# ハマコー・角栄・東条英機

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2010年11月 7日 (日)

緊急特集 検察の罪と罰 村木厚子さんが開けた「パンドラの箱」 江川昭子

文藝春秋 十一月号

特集 検察の罪と罰

村木厚子が開けた「パンドラの箱」

江川昭子 ジャーナリスト

地に堕ちた特捜部の威信
なぜ検察は証拠を改竄したか

# 拘置所で村木さんが大発見

# 前田検事は尋問技術も稚拙

# 過去の改竄でも偽証の疑い

# 徹底的な検証を行うべきだ

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2010年11月 6日 (土)

緊急特集 検察の罪と罰 なぜこの男に捜査の手を伸ばさないのか 鳥越俊太郎

文藝春秋 十一月号

緊急特集 検察の罪と罰

なぜあの男に捜査の手を伸ばさないのか

鳥越俊太郎

# 二人の技官 MCTRP法が完全な現状

# 飯塚事件も時効の壁を乗り越えよ
  元 最高検検事

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2010年11月 5日 (金)

緊急特集 検察の罪と罰 真犯人の隠蔽を告発する 清水潔

文藝春秋 十一月号

緊急特集 検察の罪と罰

真犯人の隠蔽を告発する

清水潔 しみず・きよし
日本テレビ社会部記者

真犯人は連続誘拐犯

事件解明のカギはDNAだ。
当局が動かなり理由はここに
ある。

# 連続誘拐事件が封じこまれた
   ワケ

# 極めて重要な共通点

# なぜパチンコ店なのか

# ビデオの再解析をせよ

# 私が今もした”ある実験”

(裏にあるのは、同一人物に
 よるDNA鑑定が問題
 今更間違いとは言い出せない)

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2010年11月 4日 (木)

大阪地検検事証拠改竄事件 特別公務員職権濫用か 核心は特捜検察の構造的犯罪 郷原信嘉

中央公論 2010 11

大阪地検検事証拠改竄事件
特別公務員職権濫用か
核心は特捜検察の構造的犯罪

郷原郷庸 

はら・のふか
名城大学総合研究所教授・弁護士

# FDデータ改竄の目的

# 捜査・公私の絶縁的状況

# 検察の組織としての対応

# 特捜検察の特質と構造的問題

最高検という事件の決済ラインに
位地する当事者の組織内で構成
された捜査だけによる捜査では、
到底期待できない。
弁護士の任期付任官等にする第
三者を持った捜査や、第三者委員
会による捜査の検証が不可欠で
ある。

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2010年11月 3日 (水)

プラザ合意以降の協調体制が崩壊  通貨引き下げ戦争の始まりか? 行天豊雄

中央公論 2010 11

プラウザ合意以降の協調体制が崩壊
通貨引きさげ戦争の始まりか?

行天豊雄 国際通貨研究所理事長
1931年神奈川県生まれ・東大経済卒
大蔵省入省

# 円高の短期的要因はドルにある

# 中長的にも円高は避けられない

# 政策対応は手詰まり

# 為替介入も効果薄

# 経済産業省までもが産業構造の
  転換を訴える

# 内需拡大にも結びつく輸出産業の
  育成を

# 世界経済の混乱は続く

日本でも、与野党の政治家がようやく
消費税の増税を言だしたところだ。
財政や社会保障などの問題は山積して
いる。
政権交代以降の民主党の迷走は目を
覆いたくなるものであるが、昨年の総
選挙でのマニュフェストを全面的に見
直し、さまざまな問題にどのように取り
組むのか、もう一度示す必要がある
のではなかろうか。

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2010年11月 2日 (火)

佐藤優の新帝国主義の時代 [第21回] 中国帝国主義に対抗するには

中央公論 2010 11

佐藤優の新帝国主義に時代

[第21回] 中国の新帝国主義に対抗
するには

# 尖閣列島をめぐる日本の領土問題
  は存在しない

# 北方領土問題と竹島問題の差異

# 歴史的・国際法的正当論では領土
   問題は解決しない

# 領土問題化させないのが、日本の
  国益にかなう

# 検察の決定は法秩序攪乱、素人
  外交で国益を毀損した

# 中国は自由の利益のみを追求する
  帝国主義国家

具体策として、筆者は丹羽宇一朗大使
の「本国召還」を提案する。
丹羽宇一朗大使が「菅直人総理と前原
誠司外相に情報説明を求められている
ので、至急 東京に出張する」と言えば
いいだけのことだ。

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2010年11月 1日 (月)

外交敗戦! 菅政権の見逃した中国「強気での中の脆さ」

中央公論 2010 11

外交敗戦! 菅政権の見逃した中国
「強気の中の危うさ」

清水美和 東京新聞論説主幹

# 対中外交の無策な失敗

# 「自制」も利かせた中国

# 海洋利権確保の要求

# 軍がリードする強硬戦略

# 古錦濤のメッセージ

# 官邸の大きな誤算

中国が強気の中に垣間せる弱音を見逃さず
対中外交の展望を切り開く情報の集積と判断
が菅政権に問われている

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