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2010年11月15日 (月)

特集「私の生死観」三無主義 一握りの散骨の流儀 山折哲雄

新潮45 2010 11 特集「私の生死観」

三無主義 一握りの散骨の流儀

山折哲雄 国際日本文化研究センター名誉教授
       宗教学者

一年前にすでに死亡していた事が最近になって
判明した。氏は先年、死んだときは葬式はしない
墓はいらない。遺骨も残さないという三無主義を
唱えていた。

 色は匂へど 散りぬるを
 我が世誰ぞ 常ならぬ
 有為の奥山 今日超えて
 浅き夢見し 恵笑もせず

どの様に戦後の我々がたどってきたか。
葬送、告別、遺体処理のプロセスを追って
ゆくとき、それと重なるように大きく眼前に
みえてくるのが、あっというまに人生80年
という、高齢化社会を迎えたというのも
あわれな現象である。
地獄に行ってから、あらためて死の作法を
ほりかえすしかないのかもしれない。

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