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2010年12月31日 (金)

砥部四国地蔵巡り

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砥部四国地蔵巡りNo.1
21番 大龍寺
本尊   虚空菩薩
所在地  川登3616番地(千里集会所横)
御詠歌  大龍の常にすぞやけに岩屋 舎心開棒は守護のためなり

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2010年12月30日 (木)

特集 *自壊する日本 日米同盟を踏みにじった民主党の大罪 対談 長谷川幸洋VS古賀茂明 公務員制度改革に躓いた民主党にTPP参加ができりのか

文藝春秋 2011 1 特集*自壊する日本

日米同盟を踏みにじった民主党の大罪

対談 長谷川幸洋・東京新聞論説副主管VS
    古賀茂明・前国家公務員制度改革推進事務局審議官

公務員制度改革に躓いた民主党にTPP参加などできるのか

自民党と同じ、このままでは成長の期待できない

# 霞ヶ関が国を食い潰す前に財政破綻したほうがまし

# なぜ、経済再生に公務員改革が必要か

# 若手のやる気を削ぐ「改革」、各論反対なら、総論も言うな

# お灸を与えられ、財務省に抱え込まれた菅首相

# ちょっとかわいそうな人を助けてみんなが沈むといるシナリオ

# 守られ過ぎの典型は農業、TPPなど参加できるのか

# 必要なのは説得力

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2010年12月29日 (水)

特集 *自壊する日本 日米同盟を踏みにじった民主党の大罪 中国の「名分論」外交には自らの名分論で対処せよ 外交問題研究会

文藝春秋 2011 1 特集*自壊する日本

日米同盟を踏みにじった民主党の大罪

中国の「名分論」外交には自らの名分論で対処せよ

外交問題研究会・日中関係会

# 尖閣諸島をめぐる中国の主張

# 名分が正しくなかった満州事変

# 中国の名分論への対応

# 戦略的互恵関係構築のために

# 日露戦争後の中国

# 軟弱外交批判と弊害

# わが国における名分論

# 中国における名分論

# 歴史に学ぶ日中友好

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2010年12月28日 (火)

特集 *自壊する日本 日米同盟を踏みにじった民主党の大罪 沖縄知事選、仲井真勝利でも 我々は沖縄を失った

文藝春秋 2011 1 特集 *自壊する日本

日米同盟を踏みにじった民主党の大罪

沖縄知事選、仲井真 勝利でも 我々は沖縄を失った

外交問題研究会 沖縄問題部会

# 仲井真 勝利でも辺野古への移設はない

# 「ねじれ」のなかの「ねじれ」
  脆弱な菅政権と埋め立て許可

# 政府・党・米政府・沖縄・国会全員に責任がる

# 勝連等を参考にせよ

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2010年12月27日 (月)

特集 *自壊する日本 日米同盟を踏みにじった民主党 ボタンひとつで国家機密をばら撒せる恐怖 大森義夫

文藝春秋 2011 1 特集 *自壊する日本

日米同盟を踏みにじった民主党

尖閣ビデオ流出にみる当世内部告発事情
ボタンひとつで国家機密をばら撒せる恐怖

大森義夫 元内閣情報調査室長

# 案外シンプルな構造だった尖閣ビデオ流出問題

# 内部告発が止まらない

# ポイントはいかに組織内部で吸収するか

# 「ムラ社会」の陥穽

# 地ニ落ちた日本の信用。でも、海上警備員は罰すせない?

# 機密保護法の必要性

# 鉄則は機密を減らせ

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2010年12月26日 (日)

特集 *自壊する日本 日米同盟を踏みにじった民主党の大罪 朝鮮戦争を”反復”する北朝鮮 佐藤優

文藝春秋 2011 1 特集 *自壊する日本

日米同盟を踏みにじった民主党の大罪

佐藤優の新・帝国主義の時代

第23回 朝鮮戦争を”反復”する北朝鮮

# 分不相応な虚勢 日本は集団自衛権を行使せよ

# ロシアのシグナルは「沈静化させる力が動く」

# 北朝鮮が必要としているのはアメリカに勝利するという物語

# 金日成の言葉は「神の言葉」

# ”歴史は反復”とみている北朝鮮

# 国連をも牽制する行動 最後は「死なばもろとも」か

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2010年12月25日 (土)

特集 *自壊する日本 日米同盟を踏みにじった民主党の大罪 北の砲撃で新米が揺らぐ ロー・ダニエル

文藝春秋 2011 1 特別企画 *自壊する日本 

日米同盟を踏みにじった民主党の大罪

北の砲撃で新米が揺らぐ ロー・ダニエル 作家

# 首領を囲む強硬主義

# 計画された攻撃

# 韓国に迫る新たな苦悩

# 中国への複雑な思い

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2010年12月24日 (金)

特集 *自壊する日本 日米同盟を踏みにじった民主党の大罪 北朝鮮、中国、ロシアにあざ笑われる日本 石破茂

文藝春秋 2011 1 特集 *自壊する日本 

日米同盟を踏みにじった民主党の大罪

北朝鮮、中国、ロシアにあざ笑われる日本

石破茂 自民党政務調査会長

# 「読み切って」いる北朝鮮

# 尖閣事件はなぜ起きたのか
   「釈放は那覇地検の判断」だと、この一件
  に関する政治の関与を全面否定したのである
  「ありえない」対応である
  起訴便宜主義

# 民主党の「自分達は悪くない」

# 揺らぐ「日米同盟」

# 辺野古は「暫定」

# 自民党の責任で国をたて直す

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2010年12月23日 (木)

特別企画 弔辞 劇的な人生に鮮やかな言葉

文藝春秋 2011 1 特別企画 弔辞 劇的な人生に鮮やかな言葉

もう聴けない「潮来笠の名調子」 

玉億宏へ 橋幸夫

たまき・ひろし 昭和を代表する名司会者。1956年文化放送の男性アナウンサー第一号となるが、歌手の三橋美智也の勧めで「フリー」となり、「ロッテ歌のアルバム」「雪印スターものまね大合戦」などの長寿番組の司会を担当する。流麗に歌手を紹介する名調子は「玉置節」とも呼ばれ、番組頭所の挨拶「一週間のご無沙汰」は流行語となった。

謹んで玉置宏様のご霊前に捧げます。
名セリフ「あやめの故郷水ぬるむ、坂東太郎の川風に乗って流れる歌声は、あやめの浦の潮来笠!!」

このコメントが聴けない事です。
どうぞ心安らかにそちらの世界でお過ごしください。
謹んで哀悼の意を捧げます。

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2010年12月22日 (水)

特別企画 弔辞 劇的な人生に鮮やかな言葉 先生がこんなに早く逝ってしまわれるとは 橋本竜太郎へ 小泉純一郎

、文藝春秋 2011 1 特別企画 弔辞 劇的な人生に鮮やかな言葉

先生が、こんなに早く逝ってしまわれるとは

橋本龍太郎へ  小泉純一郎

はしもと・りゅうたおう 第82第、83第内閣総理大臣
2006年7月1日没。享年68。
95年に自民党総裁選に出馬し、小泉純一郎に養鯉し、翌年 自社さ連立の橋本内閣が誕生する。
2001年には再び小泉と総裁選を戦うが、結果は小泉の勝利に終わった。

内閣・自民党合同葬では葬儀委員長として当時の小泉総理が弔辞を述べた。

本日ここに正二位大勲位菊花大受賞、元内閣総理大臣、元自由民主党総裁 橋本龍太郎先生の内閣・自由民主党合同葬が行われるに当たり、謹んで哀悼の辞を捧げます。

どうか安心して、お眠りくだだい。

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2010年12月20日 (月)

特別企画 弔辞 劇的な人生に鮮やかな言葉 おやじさん、みんなが笑ってる葬式です。 植木等へ 小松宇一朗 

文藝春秋 2011 1 特別企画 弔辞 劇的な人生に鮮やか言葉

おやじさん、みんなが笑っている葬式です。

植木等へ 小松宇一朗

うえき・ひとし 1957年「クレージチャッツ」のギター、ボーカルを担う。
日本テレビの「シャボン球ホリデー」で「お呼びでない?」などのギャグが
大流行。東宝の映画「無責任シリーズ」にも出演。
享年80。

家族葬の後、「植木等さん、夢をありがとうの会」が行われ、植木さんの付き人だった小松宇一朗がその業績を語り、内田純也、松任谷由美さんらが
ヒット曲「スーダラ節」を合唱。

おやじさん、本当におつかれさまでございました。

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特別企画 弔辞 劇的な人生に鮮やかな言葉

文藝春秋 2011 1 特別企画 弔辞 劇的な人生に鮮やかな言葉

硬骨の人 城山三郎へ  渡辺純一

しろやま・さぶろう 2007年3月22日、茅ヶ崎の病院で死去。享年79.
近代日本の歴史上の人物や経略をテーマとした「小説と年表」を著した。

たしかに城山さんは一途な硬骨漢でしたが、それだけに好き嫌いも激しい人でした。
 ヨーロッパへの講演旅行の折、いま一人、新田次郎さんもご一緒でした。しかし城山さんは新田さんを好きになれず。ほとんど口もききませんでした。
まさに硬骨と理性の突っ張りあう姿を目のあたりにして、それはそれに、あきれ、感動しました。、

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2010年12月19日 (日)

特別企画 弔辞 劇的な人生に鮮やかな言葉 宮本顕治同志 宮本顕治へ 不破哲三

文藝春秋 2011 1 特別企画 弔辞 劇的な人生に鮮やかな言葉

宮本顕治同志 宮本顕治へ 不破哲三

みやもと・けんじ 2007年7月18日 老衰のため死去。享年98.
1931年に当時まだ非合法だった日本共産党に入党。
終戦後の45年10月に網走刑務所から釈放されるまで非転向を貫いた。
82年に議長に就任し、最高指導者となった。97年3月、不破哲三を書記局長に抜擢、後に委員長として後継を託した。

宮本顕治同志、私は党中央委員会を代表し、また私自身の思いもこめて
あなたへのお別れをのべているのです。

 夕暮れの広東で
60年代には、日本共産党は、国際的に両方から、新たな完全な挑戦を迎えていました。ソ連及び中国の毛沢東という、二つの大国の共産党的直接干渉と攻撃をうけていたのです。日本共産党が日本国民のため、社会推進のため、そして世界の平和のために果たす役割はいよいよ大きくなっています。

困難を打開して前進するのは歴史の弁証法であることを、よくわかっています。どんな困難な難題にも、不変の意志と理性的対応をつらぬく、宮本さんの生涯を通じて残されたこの教訓、その古い的にもどりながら、宮本顕治同志にミッションを生かしてのあいさつの結びとするもるものです。

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2010年12月18日 (土)

特別企画 弔辞 劇的な人生に鮮やかな言葉 ローマの戦士の如く 黒岩重吾へ 田辺聖子 

文藝春秋 2011 1 特別企画 弔辞 劇的な人生に鮮やかな言葉

ローマの戦士の如く 黒岩重吾へ 田辺聖子

くろいわ・じゅうご 享年79.2003年3月7日、肝不全で兵庫県西宮市の病院で逝去。1961年、大阪の釜ヶ崎を舞台にした「背徳のメス」で直木賞受賞。社会派小説や風俗小説を多く発表した後、歴史小説に転向。
80年、壬申の乱を背景にして「天の川の太陽」で吉川英治文学賞を受賞。
大阪文壇の先輩に向けて、田辺聖子が毛筆で奉げた弔辞。

いつものように、気安く、黒岩さんと呼びかせて下さい。
黒岩さん、長いこと、ご苦労さまでした。黒岩さんのご本、平成18年1月30日初版発行となります角川書店さんの「人に求めたしこの臨終」にこうあります

ペンを片手に持ち
書きかけの原稿用紙を枕にして
眠っている私の顔は想像できないほど
安らかであろう
それを思うと人生80年
死もまた愉快ですら、である

ローマの戦士の如く、朝は策謀を練り、昼は戦い、夜は酒宴に耽るという
人生でいられました。

黒岩さんと過ごした時のたのしさを思い出しつつ、黒岩さんの愛唱歌を
奉げます

 妻をめとらば才長けて
 みめうるわしく情けある
 友を選ばは書をよんで
 六分の侠気四分の熱
 ああわれコレッジの奇才なく
 バイロン・ハイネの熱なくも
 石を抱いて野に唱う
 芭蕉のさびをよろこばず

それでは黒岩さん、今こそペンを置かれて、ゆっくりおやすみ下さい。

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2010年12月17日 (金)

特別企画 弔辞 劇的な人生に鮮やかな言葉 牛は随分強情だ 小渕啓三へ 村山富市

文藝春秋 2011 1 特別企画 弔辞 劇的な人生に鮮やかな弔辞

牛は随分強情だ 小渕恵三へ 村山富市

おぶち・けいぞう 第84代内閣総理大臣。竹下登内閣官房長官として、新元号「平成」を発表したことから「平成おじさん」としても記憶に残る。首相在任中の2000年5月14日急逝。享年62.念願であった沖縄サミットに出席することはかなはなかった。国会では自社さ連立の村山内閣時代、自民党副総裁の小渕から強大な激励を受けていたという村山富市による追悼演説が行われた。

君のご遺体がご自宅に向かう途中、国会や自民党本部、首相官邸前を通り抜けたとき、永田町はにわかに激しい雷雨に襲われました。
道半ばにして倒れた君を思うとき、雷鳴は君の悲痛の叫びであり、驟雨は君の無念の涙であったと思われてなりません。君の不運への天の深い慟哭のあらわれでありましょう。

君の含益を帯びた語り、君がよく愛唱した高村光太郎の
 牛は随分強情だ
 けれどもむやみと争いはしない
 争いはしなけれならない時しか争はない
 ふだんはすべてをただ聞いている
 そして自分の仕事をしている
 生命をくだいて力を出す

君の人生はまさに、この詩のごとくでありました。

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2010年12月16日 (木)

[ワイド書評]  「平和の哲学 寛容の智恵を読んで」 全世界市民にとって意義深き対話

潮 2010 12 [ワイド書評]「平和の哲学 寛容の智恵を読んで」

全世界市民にとって意義深き対談

ムハムド・マブカラ 前インドネシヤ副大統領

# 人間社会における希望と富容性の役割

# グローバルの平和を興すために

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2010年12月15日 (水)

[ワイド書評] 「平和の哲学 寛容の智恵」を読んで 世界宗教における二人の偉人の対談

潮 2010 12 [ワイド書評] 「平和の哲学 寛容の智恵」を読んで

世界宗教界における二人の偉人の対談

サイド・アギル・シラジ イスラム団体「ナフダ・トウール・ウラマ議長」

# ワヒド氏と池田氏の共通点

# 平和・寛容・人権への崇高な教えと精神

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2010年12月14日 (火)

[ワイド書評]「平和の哲学 寛容の智恵」を読んで 多様性を掲げる社会への重要な指針

潮  2010 12 [ワイド書評] 「平和の哲学 寛容の智恵」を読んで

多様性を掲げる社会への重要な指針

ムハマド・ヌ インドメシヤ国立教育大臣

# 世界平和のために「寛容性」のもつ意味

# 寛容性とは欠点を自覚すること

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2010年12月13日 (月)

特別企画 21世紀 宗教のも詰められている時代

潮 2010 12 特別企画 21世紀 宗教の求められる時代

大量に溢れる情報、科学の限界ー生きるべき規範を見失った現代が
工業化時代、啓蒙時代以前の文明段階に再び入ろうとしている。

山崎正和 やまざき・まさかず 劇作家・評論家

# 農業・漁業時代から啓蒙と科学の時代へ

# 人間を傲慢に変えた工業化時代

# ポスト工業化時代と科学の限界

# 信仰が求められる時代の到来

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2010年12月12日 (日)

創刊50周年特別シリーズ企画 ニッポンの選択 ”日中新時代”へ英知を尽くせ

潮 2010 12 創刊50周年特別リシーズ企画 ニッポンの選択

”日中新時代”へ英知を尽くせ

両国の間で狭隘なナショナリズムを焚きつけることが、はたして日本の本当
の利益になっているのだろうか?

村田忠雄 むらた・ただお 横浜国立大学教育人間科学教授

# 「常識」は国によって異なる

# 日中関係はまだ「初級段階」

# 日中新時代の幕明けのために
  日中を見る視点

  Point①尖閣諸島問題を漁業資源の共同管理体制の構築に、東アジア
       共同圏に第1歩に
  Point②国家間で対立する問題が発生した場合、冷静かつ平和的に
       問題解決させようとする精神が必要
  Point③日本に必要な事は、育ち盛りの大国を隣国に持つことを、日本
       の発展につなげる「しぶとさ」

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2010年12月11日 (土)

創刊50周年特別シリーズ企画 ニッポンの選択 「外交」 「経済」の解決策が見えない菅政権

潮 2010 12 創刊50周年特別シリーズ企画 ニッポンの選択

「外交」「経済」の解決策が見えない菅政権
「ねじれ国会」をどうどうのり切るのか、その手腕が問われている

竹中治聖 たけなか・はるたか 政策研究大学大学院教授

# 目玉の経済政策と日米の安定の必要
 菅政権の取り組みべき課題
Point①普天間問題など不安定な外交を安定させ、経済対策に力を注が
     なければならない
Point②新作成戦略の象徴となる政策を国民への確かなメッセージとして
     訴えるべきである

Point③「ねじれ国会」を乗り切るために、参議院では自民党もしくは公明
     党の協力を獲得しねければならない

 菅政権が解決しなければならない問題が二つある
1つは、外交、安全保障問題だ
2つは、今 俎上にのぼる経済政策だ

格差是正のため、規制を強化し、再配分に力点を置く声が高まっている
だが、配分のための原資を増やすには、経済を活性化するしかない。
私なら経済を活性化させるための象徴的政策として、法人税減税と羽田空港の第5滑走路の建設をセットで訴える。

# ねじれ国会のシュミレーション
   民主党は参議院で過半数を得るためには、自民党あるいは公明党か
  協力を獲得しか選択肢はない。

# 1票の格差を是正し憲法の精神を守れ
  与野党の参議院は党内で、衆議院員に対して独立性を持ち参院で与野
  党競協議を行い、妥協点を探り、法案修正をしての上で通過させればい
  いのだ。

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2010年12月10日 (金)

創刊50周年特別シリーズ企画 ニッポンの選択 危機管理能力なき菅政権

潮 2010 12 創刊50周年特別シリーズ企画 ニッポンの選択

危機管理能力なき菅政権
日本の信頼を失墜させた、尖閣諸島における政府の外交政策

中西寛 なにし・ひろし 京都大学大学院研究科教授

# 国際社会の失笑を買う日本政府の対応
   民主党政権の危機管理能力
  Point① 尖閣諸島事件における民主党政権の対応は、「日本は圧力 
        に弱い」という印象を与えた
  Point② 民主党政権内で意見統一が不足していたため、中国側への
        対応が遅れ、危機管理能力のなさを路程
  Point③ 自国に関する問題のときでさえ、国家としての態度を明確に
        発信できないままでは、国際社社会で日本の存在感をまったく
        示しえない。

  危機管理を適切に処理していくためには、二つの要素が必要となる。
  第1に、相手に対する脅しや威嚇をかけることだ。
  第2に、相手とのコミュニケーション・チャンネルを設定するごとが重要で
       ある。

# 民主党政権は意思統一がバラバラである
   民主 菅政権に危機管理能力がまったくことが、今回の1件によって
  国内外に露呈してしまtった。

# 東アジアにおけるりーダーシップを示せ
  今や中国抜きでは世界経済は語れない時代だ。
  日本の信頼、回復のためには何が必要なのだろう?
  日本政治のリーダーは、国内指向のロジック(理論)で、ものを考える
  のをやめるべきだろう。

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2010年12月 9日 (木)

特別企画 私はこうして「介護地獄」を乗り超えた 義母との二十年で分かった<介護する人>を救う大切さ

新潮45 2010 12 特別企画 私はこうして「介護地獄」を乗り超えた

義母との二十年で分かった<介護する人>を救う大切さ

荒木由美子 あらき・ゆみこ タレント

義母を20年間介護している間、私はいろいろな涙を流しました。
毎日、特に排泄で悲しくも卑しくも自分に負けたくないと、悔しながらも
よく諦めなかったと自分をおぞましく思いました。

# 嫁への「嫌がらせ」?

# 諦めて
   義母の症状は日を追うごとに悪化していました

# 介護する人を救う
  私は経験から認知証患者の介護は
  ①役所などの窓口に相談すること
  ②異状の状態に早く気づいてあげること
  ③介護施設などの手続きを早めにすること

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2010年12月 8日 (水)

特別企画 私はこうして「介護地獄」を乗り超えた 三度の「修羅」の末、たどり着いた「手抜き」介護 

新潮45 201012 特別企画 私はこうして「介護地獄」を乗り超えてた

三度の「修羅」の末、たどり着いた「手抜き」介護

田辺確瑛 たなべ・かくえい 講談師

義父の介護を始めて25年
それ以前に実母、義母の介護も経験しております。
身体的、精神的にどう接すれば”楽になれるのか”探して辿りついた今があります。

介護講談をやってくれないかと、依頼があったのです。
介護は家族の気持ちだけでなく、介護されている人の気持ち、介護に係わっている医者や看護婦の気持ちも考えながら、話に厚みがでるようというアドバイスをくれたので、ちょうど介護保険制度が改正された2000年、ヘルパー2級の資格を取って近くの施設に有償ボランティアとして、参加してみました。

ここで私が感じた事は「他人の方が親切にできる」「他人に任せた方がいいこともある」ということ。

頑張るのは死ぬ間際の1ヵ月
介護は無理をしないことが何よりも大切です。

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2010年12月 7日 (火)

特別企画 私はこうして「介護地獄」を乗り超えた 批難を気にせず自分たちに合った介護態勢を作ろう

新潮45 201012 特別企画 私はこうして「介護地獄」を乗り超えた

批難を気にせず、自分たちに合っ た介護態勢を作ろう

生島ピシ いくしま・ぴし フリーアナウンサー

# 手術はやめよう
    激痛 に負けて、暫くの覚悟で車椅子にのりがちである。
  朝起きてからソファに座わらせたら最後、もうそのまま一日中、ソファの
  上で過ごすことになる。

  何もせずに寝ているだけという生活は頭の機能を退化させ、いわいる
  「認知証」になりやすい。

# カミさんは凄い
  「大腿骨骨折」
  介護の担い手はどうしても女性(妻・娘・嫁)であることが多い。
  介護は人の死生観には大きな影響を与える。

  老後はけっして「余生」ではない。
  むしろ、とっておきの時間なのだ。仕事を辞めたあとは好きなことを
  好きなときにできるし喜ばしいという考え方である。

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2010年12月 6日 (月)

特別企画 私はこうして「介護地獄」を乗り超えた 今いちばん幸せな季節をともに 小山明子

新潮45 2010 12 特別企画 私はこうして「介護地獄」を乗り超えた

小山明子 女優

今いちばん幸せな季節をともに

夫 大島渚さんが国際交流基金の依頼で英国に渡る直前まで、そのスケジュールは多忙を極めていた。
1996年2月21日、ロンドンの日本大使館に勤務するドクターからの一本の電話。
大島が倒れたのは、ベルファスト行きの飛行機に乗るため、ヒースロー空港へと向かう日本大使館が用意した車の中でのことだった。
脳卒中系の病気は、倒れてから三時間中に治療を受けられるかどうかが、勝負だという。

3月12日、待ちに待った夫の帰国。しかし、それは新たな苦悩の始まりでもあった。「妻 失格」 「もう負け もう破滅で」

今を生きる幸福
夫を介護しながら、私は「読書」という新たな喜びとも出合った。
なかでもデーケン神父の書かれた「よく知り、良く笑い、よく死と出会う」
(新潮社)は、私の精神に大きな転機を与えてくれた。

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2010年12月 5日 (日)

特集 自決から40年 「憂国の士」の遺したもの 「三島由紀夫と正田美智子」知らぜざる邂逅

新潮45 2010 12 自決から40年「憂国の士」の遺したもの

「三島由紀夫と正田美智子」知られざる邂逅

高橋英朗 たかはし・ひでお 評論家

# 長岡輝子の証言
   この長岡輝子の証言は、今年の9月、三島事件40年と記念して
   出版された拙著「三島、女子には優雅なる欲望」(飛島新書)
   の冒頭部に私が記したもので、ほぼそのままここに引用した。
   そして長岡さんは、この10月15日、百二歳の高齢で大往生を
   とげられた。

# 初めての孤独 

# 奇妙な関心

# 1/64の確率

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2010年12月 4日 (土)

特集 自決から40年「憂国の士」が遺したもの 三島由紀夫と司馬遼太郎<二つの日本>をめぐる闘い

新潮45 2010 12 特集 自決から40年「憂国の士」が遺したもの

三島由紀夫と司馬遼太郎<二つの日本>をめぐる闘い

松本健一 作家

# あれから40年が過ぎて
    三島由紀夫の「さんたんたる死」に接して
   ”精神異状者が異状を暴く」と三島の死の「軽薄でまた模倣をするので
   ないか」と恐れてから書いたというのである。

# 「街道をゆく」シリーズには<天皇の物語>がない

# ロマン主義とリアリズム

# 「ひき殺していけ」は創作
    つまり、この戦後神話は、もしかしたら三島由紀夫が「天皇万歳!」
   と叫んで死んでいった事件に触発されて、司馬が創作したものかもし
   れない。そういう想像の地にだどりついたのが、このとりもどした
   三島由紀夫と司馬遼太郎だった。 

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2010年12月 3日 (金)

特集 自決から40年「憂国の士」が遺したもの 私が三島由紀夫から託された「最後の写真と檄」

新潮45 2010 12 特集 自決から40年「憂国の士」が遺したもの

私が三島由紀夫から託された「最後の写真と檄」

その前日、筆者は三島からの電話を受けた。「あす朝11時に、あるところに来てほしい」
あの「三島事件」から40年である。

# 切腹と帯解

# 三島さんに貰った1冊の本

# あす朝11時に来て欲しい

# 私への手紙

# 信じがたい光景

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2010年12月 2日 (木)

特別企画 安保と青春 されどわれらが1960年 中島義雄 デモから大蔵省入省の理

文藝春秋 12月号 特別企画 安保と青春 されどわれらが1960年

中島義雄 なかじま・よしお セーラー万年筆社長

デモから大蔵省入省の理

6月18日 新日米安保に反対して国会を取り囲んだ三十三万人のデモ隊の中に、一人の浪人生がいた。中島義雄氏・当時18歳、彼は大蔵省に入省し、武藤敏朗(元財務省事務次官)、長野敦司氏(元大蔵所証券局長)中山恭子氏(現参議院議員)らとともに、過剰接待問題などで大蔵省を辞し、京セラ、白百合繊維などを経て現在はセーラー 万年筆の社長を勤める中島義雄氏の振り返る「青春の日」

一浪して東大に入学したのですが、駒場のキャンパスにはまだ安保闘争の余熱を残していました。私は社会主義学生同盟の駒場リーダーになりました。社会主義青年同盟のリーダーが江田五月君(前参院議長)です。駒場
自治会委員長選挙には私と江田君と含めて、誰か5人が立候補し、誰もなかなか過半数に到達せず、三度決戦投票そ行ったと思います。結局、江田君が勝って、委員長に、私は副委員長になりました。

自治会の常任委員となったのが、江田君と同じ社青同にいた横路孝弘君
(現衆議院議長)です。その二人とはずっと親しくしていますが、二人が衆議院、参議院の議長になったのは嬉しいことでした。二人もと議長に向いていますね。

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2010年12月 1日 (水)

特別企画 安保と青春 されどわれらが1960年 吉本隆明 僕は全学連主流派とともに品川駅座り込みにも参加した

文藝春秋 12月号 特別企画 安保と青春 されどわが1960年

吉本隆明 よしもと・たかあき 評論家

思想家・吉本隆明氏は安保闘争において全学連主流派と行動もともにし、清水幾太郎氏に続く全学連主流派同伴知識人第二号といわれていた。樺美智子さんの亡くなった6月15日のデモにも参加し逮捕された。

俺は全学連主流派とともに6月3日夜から翌日にかけての品川駅座り込みにも参加しました。どこかの知識人の一員としてではないく、あくまで年寄りのインテリの「一兵卒」としてです。

全学連の学生さんのなかには、岸内閣を退陣させ、日本の資本主義を打倒して、革命を起すと、思いつめて、死んでもいいという覚悟で安保闘争に臨んでいた人もいました。

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