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2010年12月 6日 (月)

特別企画 私はこうして「介護地獄」を乗り超えた 今いちばん幸せな季節をともに 小山明子

新潮45 2010 12 特別企画 私はこうして「介護地獄」を乗り超えた

小山明子 女優

今いちばん幸せな季節をともに

夫 大島渚さんが国際交流基金の依頼で英国に渡る直前まで、そのスケジュールは多忙を極めていた。
1996年2月21日、ロンドンの日本大使館に勤務するドクターからの一本の電話。
大島が倒れたのは、ベルファスト行きの飛行機に乗るため、ヒースロー空港へと向かう日本大使館が用意した車の中でのことだった。
脳卒中系の病気は、倒れてから三時間中に治療を受けられるかどうかが、勝負だという。

3月12日、待ちに待った夫の帰国。しかし、それは新たな苦悩の始まりでもあった。「妻 失格」 「もう負け もう破滅で」

今を生きる幸福
夫を介護しながら、私は「読書」という新たな喜びとも出合った。
なかでもデーケン神父の書かれた「よく知り、良く笑い、よく死と出会う」
(新潮社)は、私の精神に大きな転機を与えてくれた。

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