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2011年3月20日 (日)

きまぐれ歴史散歩 あな哀し壇ノ浦  池内紀

きまぐれ歴史散歩

あな哀し壇ノ浦

池内紀 トイツ文学者

# 早鞆の瀬戸

# 関明橋ののふもとの高台に赤船神社が祭られている
   負け戦と決まったとき、御座船の安徳天皇を抱いて二位の尼は
  入水した。天皇は数え歳で八歳「波の下にも都あり」と言い含めた

# 有名は八艘飛びは、さして重装備をしていなっかたからである。

# ゲリラは現地調達の原則であって、義経は瀬戸周辺の漁師たちを
  利用した。

# では多くの女官たちはどうなったか?
  たとえ身を投げたにせよ、大半が建礼門院徳子よ同じように、波間
  に浮き上がり引き上げられた。

# 「配分せよ」
  江戸時代の色本に「壇ノ浦”夜”合戦記」というものがある。

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