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2011年6月30日 (木)

特集 福島の苦悩と焦燥 白河以北二束三文 椎根 和

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新潮45 2011 7

特集 福島の苦悩と焦燥

白河以北二束三文

椎根 和  作家

明示政府に見捨てられた東北は、
災害が勝手にやってくる。
原発事故は戊辰の役に再来か?

# 福島人の業

# ”哲人的財界人”の隠し子

# 「戊辰の役」は繰り返される

# 「オシラサマ」にお願い


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2011年6月29日 (水)

特集 福島の苦悩と焦燥 「怒られるフクシマ」という未来


新潮45 2011 7

特集 福島の苦悩と焦燥

「怒られるフクシマ」という未来

精野 栄一  作家

# 「原発がいまだ暴走中」

   人間はどうやってこの不条理な日常を生じさせたのか?

   答えられない福島の現在

# 百姓をバカにしてんのか!

# フルーツラインは今

# 人類が経験したことのない未来


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2011年6月28日 (火)

特集 福島の苦悩と焦燥 小新緑と放射能のコントラスト 本誌取材班


新潮 2011 7

特集 福島の苦悩と焦燥

小新緑と放射能のコントラスト

本誌取材班

5月末、計画避難の期限を迎えた飯館村・
この事態を村民はどう受けとめていののか

# 怒りの消えるのが怖い

# 小さい火でも守り続けたい

# 何も感じない恐怖


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2011年6月27日 (月)

特集 福島の苦悩と焦燥 岡野真治


新潮45 2011 7

特集 福島の苦悩と焦燥

放射能の「中身」を調べよ

岡野真治 理学博士

ビキニ環礁やチェルノブイリを調査した放射線測定
の第1人者は、今回の事故対応をどう見たか。

# 事故が起きて一番気になったのは、全体で
  どのくらいの放射線が環境に出たかという
  見積もりです。
  大雑把に計算して、セリノブイリの数パーセントが
  出ていることがわかりましたね。
  放射線測定は3つ有ります。
  1.ある特定の場所で時間とともに変化していくの
    を見る。モニタリングポストがやっていることです
  2.場所でどう違うか。関東と東北を取っても差があり
    ますし、地形やらトンネルとか海上とかの違いが
    どしても要素で変わてきます。
  3.放射線の種類です。

# 何のためのモニターか

# 恐怖感を持ち続ける。


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2011年6月26日 (日)

特集 もはや内向きではいられない 二本人の交渉力 政府には原子力被害救済の責任がある 森嶋 昭夫


中央公論 JULY lanuched in 1887 7

特集 もはや内向きではいられない

日本人の交渉力

政府には原子力被害救済の責任がある

森嶋 昭夫 日本気候政策センター理事長

# 責任逃れをする菅内閣

# 「第一義的に」責任を免除される東電

# 補償責任を負おうとしなかった国

# 東日本大震災は「異常に巨大な天災地変」か

# 新たな原子力損害補償制度の立法へ向けて


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2011年6月25日 (土)

特集 もはや内向きではいられない 日本人の交渉力 いまこそ「戦後」を精算し、「国家」を語れ 対談 猪瀬直樹・御厨貴


特集 もはや内向きではいられない

日本人の交渉力

いまこそ 「戦後」を精算し、「国家」を語れ

対談 猪瀬直樹VS御厨貴

# 黒船の世紀と東日本大震災

# いまこそ「戦後」を終われせる

# 国家観なしに国は制御できない

# 求められる「家長」意識


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2011年6月24日 (金)

特集 もはや内向きではいられない 日本人の交渉力 南北戦争に学ぶ「国難」の乗り越え方 阿川尚之


中央公論 2011 JULY lanuched in 1887 7

特集 もやや内向きではいられない

日本人の交渉力

南北戦争に学ぶ「国難」の乗り越え方

阿川尚之 慶應義塾大学教授

# 懐疑的な声が高まっている

# 国難とは何か

# リーダーの存在がかかせない

# 南北戦争という国難

# リンカーンの持っていたもの
  文章家として天賦の才を有していた

# 東日本大震災と国難
  もしかすると日本の国難はこれから来るもの
  かもしれない
  その時、一体国のリーダーはどう国民に語り
  国民に希望を与え、国全体で難局を乗り切る
  ことを可能とするのか



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2011年6月23日 (木)

特集 もはや内向きではいられない 日本人の交渉力  ルックス重視だった遣唐使 美貌は国益になるか 井上章一


中央公論 2011 JULY lanuched in 1887 7

特集 もはや内向きではいられない

日本人の交渉力

ルックス重視だった遣唐使

美貌は国益になるか

井上章一 国際日本文化研究センター教授

# イケメンばかりを遣唐使に選んだ大和朝廷

# 朝賀はミスター・ニュニバース?

# 大和朝廷の狙いはあたったか

# 唐の女帝ー則天武后と危険なほと美しい真人はーー

# 視力を失った鑑真は日本で醜男を視ずにすんだ

# 外交官に求められるものは、やっぱりエレガンス



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2011年6月22日 (水)

特集 もはや内向きではいられない 日本人の交渉力 情報収集 おとしどころ 身体検査までーーー 世界から認められた”小泉劇場の裏舞台” 飯島 勲


特集 2011 JULY lanuched in 1887 7

特集 もはや内向きではいられない

日本人の交渉力

情報収集 おとしどころ 身体検査までーーー

世界から認められた”小泉劇場の舞台裏”

飯島 勲 元内閣総理大臣主席秘書官

# 日中は外交ではない 深刻な交渉力の衰退

# 事前の情報収集で、八割以上勝負が決まる

# 身体検査は自分でやった

# 敵を味方につける

# 交渉はゼロサムじゃない 要は何を取るか

# 損耗の大きい勝利は無意味

# 外交力と危機管理



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2011年6月21日 (火)

特集 もはや内向きではいられない 日本人の交渉力 日米交渉史にみるこの国の劣化 伊奈久喜


中央公論 2011 JULY lanuched in 1887 7

特集 もはや内向きではいられない

日本人の交渉力

日米交渉史にみるこの国の劣化

伊奈 久喜 ジャーナリスト

# 占領国米国に対し「弱者の恫喝」をかけた吉田茂

# 経済交渉で鍛えられた東郷文彦と田中均

# 災後、ますます弱くなる日本

# 日米協力を進めるための三つの「箱」
  1.集団自衛権をめぐる日本政府の解釈の変更
  2.政府開発援助(ODA)をめぐる日米間の調整
  3.環太平洋経済連帯協定(TPP)の重要視

# 日本をめぐる国際環境に直ちに大きな変化は
  みえないが、災後は紛れもなく日本にとって
  新たな時代である。
  国際社会のなかで日本の歩みが影響を与えず
  にはおかない

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2011年6月20日 (月)

特集 もはや内向きではいられない 日本人n交渉力 逃げるな! 50年を見据えろ 私が反捕鯨国を論破した瞬間 小松正之


特集 もはや内向きではいられない

日本人の交渉力

逃げるな! 50年先を見据えろ

私が反捕鯨国を論破した瞬間

小松 正之 政策研究大学院大学教授

# リーダーシップとネゴシエーション

# ひるまず反捕鯨国を論破した

# 「相手の事情」を見逃すな

# 脅しに屈して妥協するな

# 交渉は合意しなくてよい

# 高度成長の副作用、補助金の配分で交渉
  力を失った

# 東北復興を契機に



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2011年6月19日 (日)

特集 もはや内向きではいられない 日本人の交渉力 日朝平譲宣言までの長い道程 北朝鮮を引きずり出した「大きな絵」 田中均

中央公論  2011 JULY lanched in 1887 7

特集 もはや内向きではいられない

日本人の交渉力

日朝平壌宣言までの長い道程

北朝鮮を引きずり出した「大きな絵」

田中 均 (株)日本総合研究所 
      国際戦略研究所理事長

# なぜ北朝鮮は交渉を決裂させてきたか

# 交渉にための環境が整う

# バッシング騒動で浮き彫りになったもの

# 戦略に必要な「ICBM」

# 時には外圧を活用することも



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2011年6月18日 (土)

特集 もはや内向きではいられない 日本人の交渉力 辺境に生きる沖縄の交渉術に学べ 大震災で弱体化した日本に中露韓は容赦なく牙をむく


中央公論 2011 JULY lannched in 1887 7

特集 もはや内向きではいられない

日本人の交渉力

辺境を生きる沖縄の交渉術に学べ

大震災で弱体化した日本に中露韓は
容赦なく牙をむく

佐藤 優 作家・元外務省主任分析官

# 交渉に有利に作用する亜民俗の複合
  アイデンティティ

# 沖縄人は「恩を忘れ易い」

# 日本と中国にはさまれた沖縄の
  生きる智慧

# 普天間をめぐる東京と沖縄の
  交渉術・三類型

# もっと交渉術を要する、譲歩して
  折り合いをつける場合

# 日本は大震災で弱体化し、ロシア
  中国、韓国は動きだす



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2011年6月17日 (金)

特集 もはや内向きではいられない 日本人の交渉力 辺境を生きる沖縄の交渉術に学べ 大震災で弱体化した日本に中露韓は容赦なく牙をむく 佐藤優


中央公論 JULY lannched in 1887 7

特集 もはや内向きではいられない

日本人の交渉力

”災後”の日本に揺さぶりをかける近隣諸国

先送りさてたTPP参加問題

ますます熾烈になるエネルギー争奪戦

ーーもはやわれわれは内向きではいられない

国難のいま試されるのは

深慮遠謀を求めた各国と渉り合う「力」である

1.大震災で弱体化した日本に中露韓は容赦
  なく牙をむく
2.日朝平壌宣言までの永井道程
3.私が反捕鯨団を論破した瞬間
4.日米交渉にみるこの国に劣化
5.情報収集、おとしどころ、身体検査ーー
  世界から認められた”小泉劇場”の舞台裏
6.美貌は国益になるか ルックス重視だった
  遣唐使
7.南北戦争に学ぶ「国難」の乗り越え方
8.いまこそ「戦後」を精算し、「国家」を語れ
9。福島原発とともにメルトダウンした菅政権
  政府に原子力被害救済の責任がある

 詳細は次回から



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2011年6月16日 (木)

特集 老人ホームの賢い選び方 有料老人ホーム、高専賃の選び方十ヶ条 上風榮信


中央公論 2011 JUNE lannched in 1887 6

有料老人ホーム、高専賃の選び方

上風榮信

チェックすべき10項目

 1.費用

 2.職員

 3.営業事業主体

 4.生活の便利性

 5.入居者状態

 6.サービス・介護

 7.食事

 8.健康管理

 9.協力医療機関

10.ホームの雰囲気


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2011年6月15日 (水)

特集 老人ホームの賢い選び方 監視の及び腰な行政が悪質業者をはびこらせる 前村聡


中央公論 2011 JUNE lannched in 1887 6

特集 老人ホームの賢い選び方

監視に及び腰な行政が悪徳業者をはびこらせる

前村 聡 

# 公的施設の不足、受け皿として急増

# 規制強化で無届け施設の増加

# 転出者が自元で無届施設へ

# 行政は及び腰「届け出強制できず」

# 増える高専賃、自治体は現状のまま

# 金銭トラブルが多く、民間活用がガキ


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2011年6月14日 (火)

特集 老人ホームの賢い選び方 座談会 終の棲家選びは自己責任か 樋口恵子、久留智武、和田陶頓、広藤和子


中央公論 2011 JUNE lannched in 1887 6

特集 老人ホームの賢い選び方

終の棲家選びは自己責任か

座談会

樋口恵子 評論家 NPO法人 高齢者をよくする女性協会理事
久留智武 財団法人 シルバーサービス振興会企画部長
和田陶頓 社団法人 全国有料老人ホーム協会理事長
広藤和子 有料老人ホーム介護員

# 入所前と入所後の大違い 
   
   食事のことで 安全も不安

# 入居も料金を返還しない 

   とくしたホーム人

# ホームの厳しい人間関係

   失敗できない食堂デビュー

# どうして増コスト、高貸借トレブルが急増するのか?



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2011年6月13日 (月)

特集 老人ホームの賢い選び方 ルポ Oフランク永井、山城新伍もそうだった 自宅以外で亡くなるということ No.2

中央公論 2011 JUNE lannched in 1887 6

特集 老人ホームの賢い選び方

ルポ O フランク永井、山城新伍もそうだった

自宅以外で亡くなるということ

福島 安紀 医療ジャーナリスト

介護が必要な状態になったらどうなるのかーーー。

五人に一人が高齢者になり、未婚、離婚、死別

による”おひとりさま”や”子供に迷惑をかけたく

ない」高齢者が増えている今、切実は問題だ。

浪人ホームを終の棲家そした有名人二人の

最晩年を追った。

1.介護付有料老人ホームで終えたフランク永井の場合
  前回の稿参照
2.特別養護老人ホームで終えた山城新伍、人生の落差
  誤嚥性肺炎で亡くなった俳優の山城新伍さん(享年
  70)が終の棲家としたのは、東京郊外の特別養護
  老人ホームだった。
  前婦人の元女優花園ひろみさんとは二度の結婚と
  離婚を繰り返す。
  05年 糖尿病であることを告白
  そんな山城さんが特別養護老人ホームに入ったのは
  08年6月のことだ。
  ホームに入る手続きなどは京都に住む実弟が行った
  特別養護老人ホームは、常に介護が必要で、自宅
  で生活するのが困難は人が入所する施設である
  介護付有料老人ホームのように、高額な費用が
  かからないこともあって、1~2年入所を待っている
  人も多く、要介護4~5など、介護の必要な老人で
  なければ入れない。
  山城さんは、手厚い介護を受けて余生を送ったとも
  わかるが、華やかな銀幕のスターだったことを知る
  人にとっては、その落差は大きい。
  糖尿病だからといって食べるものを我慢したりせず
  やりたいことをやって、ひっそりと生涯を閉じるという
  のは、ある意味、山城さんらしい気もします
3.終の棲家は自分で選ぶ
  人生の終着駅が、”寝かせきり賃貸住宅”では
  あまりにも悲しい
  せめて、自分の目で見て回れるうちに、終の棲家
  をどうするか、考えて選んでおきたいものだ。

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2011年6月12日 (日)

特集 老人ホームの賢い選び方 ルポ Oフランク永井、山城新伍もそうだった 自宅以外で亡くなるということ


中央公論 2011 JUNE lannched in 1887 6

特集 老人ホームの賢い選び方

ルポ Oフランク永井、山城新伍もそうだった

自宅以外で亡くなるということ。

福島 安紀 医療ジャーナリスト

介護が必要な状態になったらどうなるかーーー。

五人に一人が高齢者になり、未婚、離婚、死別

による”おひとりさま”や「子供に迷惑をかけたくない」

高齢者が増えている今、切実な問題だ。

老人ホームを終の棲家とした有名二人の

最晩年を追った。

1.介護付有料老人ホームで終えたフランク永井の場合
 自宅の階段の手すりにネクタイをしばり、首吊り自殺を
 図ったのだ。妻のミズ子さんが直ぐ異状に気付き救急車
 を呼んだため、一命はとりとめたものの、一時は心肺停止
 状態に陥り脳に障害が残った。
 トイレや食事は介助が必要だった。看病疲れや回復の
 見込みにない絶望感から妻も自殺を図り、92年に離婚。
 夫婦の間に子供はなく、その後は独身だった実姉の美根子
 さんが目黒の自宅で介護してきた。
 フランク永井さんは、2007年初め、姉と共に、世田谷区
 の閑静な住宅地にある介護付有料老人ホームに移り
 住んだ。そんなフランクさんは、08年10月肺炎で息を
 引き取った。享年76。
 約2年をホームで、姉に見守られプロの介護を受けながら
 過ごしたことになる。
2、特別養護老人ホームで終えた山城新伍・人生の落差
 以下次回に


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2011年6月11日 (土)

特集 老人ホームの賢い選び方 中央公論 2011 6 から

中央公論 2011 JUNE lannched in 1887 6

特集 老人ホームの賢い選び方

子供の介護は期待できず

待機者だらけの特養は、入れそうにない

療養病床も削減の危機に晒されている

われら”中流”の老後は

自己責任の時代に入ったようだ

後々、トラブルにならないよう

びっしりと書き込まれた書類を読み解き

老人ホームや高専賃を契約する自信はあるか

何に注意すべきか。どこに落とし穴があるのか。

高齢者の賢い終の棲家選びを考える

以下、次回に



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2011年6月10日 (金)

日本は燃えているか 柳田邦男 講談社

柳田邦男 日本は燃えているか 講談社 昭和58年(1983)7月30日 第1刷発行

著者あとがきより
通貨危機にしても石油危機にしても、日本にとっては、真珠湾攻撃にも等しい奇襲攻撃であった。日本は経済大国となったがゆえに、ねらい撃ちをされ、爆弾を投げこまれた観があった。70年代以降、日本はある意味で、先進諸国からも開発途上国からも、無視し得ない存在となっている。表題の「日本は燃えているか」は、そうした状況を表わしたものである。かってヒトラーはパリ爆破計画を実行しようとしたが、失敗に終わり、パリは厳然として美しい街の姿を残した。ヒトラーは側近に、「パリは燃えているか」と聞いたが、パリは燃えなっかたのである。日本が激化する外圧の中で燃えつきるのか残るのか、それはいままさに進行中のテーマである。

私の現在の追記
70年代前半の円崩壊、通貨危機や石油危機を見事に乗り切り、80年代の高度成長や「ジャパンアズNo1」の90年代、そして失われ10年の2000年代。
今、東日本大震災やそれに伴う津波の被害、人災の福島第1原発の爆発。今 まさに日本は柳田邦男さんが心配した如く、日本は燃え盛っていると思う。

それにつけても、政治の何たる惨状だろう。

頑張れ!ニッポン


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2011年6月 9日 (木)

特集 震災後をどう生きるか 失うものは最初からない 福嶋麻衣子

新潮45 2011 6 特集 震災後をどう生きるか

失うものは最初からない

福嶋 麻衣子 モエジャパン代表取締役

餓えもバブルも知らずに生きてきた20年がたどりついた
「覚悟」とは

# ”ツイッター”のリテラシー

# 「当たり前のこと」のいとおしさ

# 不況ネガティブな私たち


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2011年6月 8日 (水)

特集 震災後をどう生きるか 困難だが、輝いて見える未来 島田雅彦

新潮45 2011 6 特集 震災後をどう生きるか

困難だが、輝やいて見える将来

島田 雅彦 作家

フクシマ遷都・想定外の天災とは前代未聞の復興作が
必要である。出でよ!30年後を見据えたリーダー!

# 原発という時限爆弾

# 資本の原理と天災

# 前代未聞の復興策



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2011年6月 7日 (火)

特集 震災後をどう生きるか 天を恨まない日本人 山浦玄後継


新潮45 2011 6 特集 震災後をどう生きるか

天を恨まない日本人 山浦玄継 医師・大船渡市在住

被害のなかで人々は、何を思い、どう振舞ったか。

津波の直撃した大船渡で考えた「祈り」

# 泥の水

# 医院を再開させる

# エリ エリ レマ クタニ?


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2011年6月 6日 (月)

特集 震災後をどう生きるか 危機知らずが危機を招く 西部邁

新潮45 特集 災害後をどう生きるか

危機知らずが危機を招く

西部邁 評論家

# 「文明の崩壊期に流行する新技術への熱狂」と
  するなら、技術が津波で瓦解した

# 日本人はもはや「お祈りに人」なのか

# 危機あってこその国家

# 死を予感してこそに文明

# 溶融すればこその時術


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2011年6月 5日 (日)

特集 震災後をどう生きるか ここはひとつ腹を据えて 古井由吉

新潮45 2011 6 特集 震災後をどう生きるか

ここはひとる腹を据えて 古井 由吉 作家

# 大災害を前にして、人は途方に暮れる。
  しかし、死と隣り合わせの生命力こそ、
  本物ではないか?

# ほの暗い東京

# 「貞観仏」貌の険しさ

# 「想定」にも限度がある

# 古人の心地で生きる


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2011年6月 4日 (土)

特集 震災後をどう生きるか 技術文明の自壊<人類は今や、技術の自己運動のしもべ>ーハイデッカーの絶望と直面した日本の未来は 木田元 

新潮45 2011 6 特集 震災後をどう生きるか

技術文明の自壊<人類は今や、技術の自己運動のしもべ>-

ハイデッカーの絶望と直面した日本人の未来は

木田 元  哲学者

# 天災と人災

# 技術が自己運動する

# ハイデッカーの絶望とともに


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2011年6月 3日 (金)

特集 震災後をどう生きる 詩の礫/詩/黙礼より 和合亮一

新潮45 2011 6 特集 震災後をどう生きる

詩の礫/詩/黙礼より  和合亮一

# 本日で被災6日目になります。物の見方や考え方が変わりました。 9.29PM May.16th

# 人よ、原子力よ、宇宙よ、封鎖された駅よ、失われた卒業式よ、余震だ。 11.3PM May.20th

# 私達はここに生まれた。福島を私達が信じなければ、誰が信じる。 11.34PM May.22th


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2011年6月 2日 (木)

特別企画 文藝春秋88年が伝えた震災・津波・被爆の証言 阪神大震災 歴史は繰り返す 吉村昭

文藝春秋 六月特別号 特別企画 文藝春秋88年が伝えた震災・津波・被爆の証言

阪神大震災 歴史は繰り返す

吉村 昭

# 活用されなかった江戸時代の教訓

# 日本人の沈着さ


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2011年6月 1日 (水)

特別企画 文藝春秋88年が伝えた震災・津波・被爆の証言 チェリノブイリ 世紀の事故はこうして始まった

文藝春秋 六月特別号 特別企画 文藝春秋88が伝えた震災・津波・被爆の証言

チェエチノブイリ 世紀の事故はこうして始まった 昭和61年7月

中村政雄 

# 放射性物質は欧州全土は

# 事故はいかにして起きたか

チェルノブイリ エストニヤ被爆帰還兵の証言
「週間文春」平成2年」7月19日号

# 当然来た”召集令状”

# 最も危険な”屋根上の仕事”

# 帰還後も受難は続いた


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