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2012年2月 7日 (火)

愛媛学 道後の湯 Ⅳ 道後温泉とともに



「えひめの記憶」ー{「ふるさと愛媛学」調査報告書}

道後温泉とともに
道後(どうご)温泉街で土産物店を営む遠藤侑子さん(昭和12年生まれ)に話を聞いた。実はこの店は昭和49年(1974年)まで「すし元(もと)」という旅館であった。旅館の創業は江戸末期から明治初期ごろで、遠藤さんの曽祖父(そうそふ)が始めたといわれる。

道後の町並み

日本最古の温泉として知られる道後温泉は、聖徳太子が入浴したという伝承もあり、古くから朝廷との関係が深かったが、中世に河野氏が温泉館(ゆのたち)を設け、江戸期に松山・松平家初代藩主松平定行により温泉施設は充実する。明治22年(1889年)道後湯之町が誕生し温泉が町営になると、本格的に温泉を中心としたまちづくりが始まった。現在の本館(神の湯三層楼)が完成したのは明示27年で、以来半農半商だった町は旅館その他の商業地に変貌(へんぼう)し、家屋もわら屋から2層3層の楼になっていった。

昭和28年(1953年)の国民体育大会開催時に、各旅館に内湯がないので評判が悪かったため、同31年に内湯が引かれたが、内湯の完成は本館から離れた鷺谷(さぎだに)などの高台に大型ホテルが建ち並ぶ要因となった。昭和39年商店街に全蓋(がい)式のアーケード、同52年にはレンガ歩道が完成し、温泉商店街の景観は一変することになった。

いわゆる「国際観光温泉都市」の出現である

愛媛県生涯学習センターのホームページよりの索引「データベース「えひめの記憶」」より

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