古文書解読講習 湯山村公用書
愛媛県図書館で毎月第4日曜日に開催されている、古文書解読講習会で
平成24年104月に清水正史講師が解説された”湯山村公用書”の表紙と1~9頁までの資料の写真です。
湯山村とは江戸時代末期の村名で1980年発刊の「愛媛県の地名」によると現在の松山市米野町・大井野町・東川町・川の郷町・福見川町・河中町・水口町・青波町・藤野町・玉谷町・湯山柳・宿野町・末町・杉立町・食場町・
上高野町・高野町を含む。
概観すれば松山市城の東北部を占める山村。東は越智郡竜岡村(元越智郡玉川町:現今治市)、西は溝辺・の東野の2村、南は小屋峠村、北は風早郡九川(元北条市・現松山市)と上総・神次郎の3村および伊台村に接する。
村域は高縄山塊の南斜面と石手川の水源い(878m)があって石手川の源泉となり、北方に北三方ヶ森(978m)・土居ノ森(909m)、東南方に南三方ヶ森(1474m)・明神ヶ森(1217m)のどの緒峰が重畳している。これらの緒渓谷を流れる香溜・檜皮・成畑・加入道の諸川は村を東北から西南へ流れて、石手川に注ぐ。
人家および田畑は石手川の本支流に沿って存在するにすぎない。慶安元年伊予国知行高郷村数帳(1648年)の温泉郡の項に「湯之山村 松林有、柴山有、小川有」とある。
寛文年中(1661~73年)に食場・高野の2村に分かれたが、天保14年(1843年)に合して再び湯山村と称した(伊予国温泉郡地誌)。
写真2枚目の下し読み
従京都飛脚到来之廿三日御献金御皆納相成
同廿七日 天皇御即位被遊 同日御参内御献上物等
以下後日にします
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