« 愛媛額 伊予郡砥部町広田地区の民話 | トップページ | 古文書解読 湯山村公用書 四 »

2012年12月 4日 (火)

古文書解読 No.3 湯山村公用書

原文の写真

Pict0003

下し読み

左之通被仰候間、此段御承知被成候、以上
従京都飛脚到来之処、年号改元之儀
別紙之通被仰出、旦又去ル十日公用人
御呼出重臣
御東幸供奉之儀、別紙之通被仰出
而者是迄之吉凶之象非
ニ極屍改号有之候得共、自今
御一代一号ニ被定候、依之改慶応四年
可為明治元年旨、被仰出候克
   九月          行政官

現代文約〆3

左のとおりおおせいで候あいだ、この段ご承知なるべく候以上
京都から飛脚が到来し、年号改めとのこと、
別紙のとおりおおせいでされ、また克さる十日に公用人
をお呼び出しされ、重臣
将軍のお会いし、別紙のごとくおおせつっかた。
服部丹後殿をさしつかわされ、殿様はまた京大阪
お屋敷をお返しくだされた事
  右別紙のおとり
今般
こ即位ご大礼無事おわり、先例のとおりおこなわれた。
年号の改めはこれまでのように、悪い事があったから
行うのではないく、今後は御一代に一号として定める。
よって慶応四年を明治元年とする旨おおせいでされた。

    9月    行政官

|

« 愛媛額 伊予郡砥部町広田地区の民話 | トップページ | 古文書解読 湯山村公用書 四 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 古文書解読 No.3 湯山村公用書:

« 愛媛額 伊予郡砥部町広田地区の民話 | トップページ | 古文書解読 湯山村公用書 四 »